サイトトップ>>本>>禅とオートバイ修理技術〈下〉 (ハヤカワ文庫NF)
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ロバート・M. パーシグ 人気ランキング : 36911位 定価 : ¥ 798 販売元 :早川書房 発売日 : 2008-02 発送可能時期 : 在庫あり。 |
再読の価値あり!『禅とオートバイ修理技術』を手に取る前に、まず『千夜千冊』を読み、次に『世界のスピリチュアル・50の名著』にも目を通した。どちらも底本は「めるくまーる版」だった。検索でヒットしたいろんなブログにもざっと目を通した。こうして実際手に取ったのが文庫版だった。そして、「クオリティ」の探求にかけたパイドロスの人生とパーシング父子の人生が交互に展開される実話にすっかりハマッてしまった。おかげで睡眠時間は1日3時間ときつかったが、終盤に入って太字が見えてきた頃から俄然目が冴えてきた。単なるフィクションでないことは書評を通して知っていたが「そこまでやるか!?」と思えるほど斬新だった。次に何が起こるかわからない。さすが「ハヤカワミステリー」と言いたくなるが、これは実話、まさに「脱帽」だぜ。こんな本に出会ったことはない。ワシは哲学好きだがオートバイには乗らない。禅、道、クオリティ、アレテー、ダルマ、これらのつながりが理解できただけでも新鮮だ。一読(再読)の価値は十分にある。
記憶とは?へとへとになって帰ってくるオートバイの旅、2,3日でもそうなんだけど、2週間は結構きつい。私は普通の人間だけど、パーシグは違った。私は、車にはねられて頭を打った(もちろんヘルメットは被ってた)けど、前後の記憶はまだ戻らない。私にパイドロスはいないけど、覇気を持って同じ道を走り(これは正直怖い)、何度も繰り返している。電気ショック療法で消された記憶とは違うのに、その度に何か断片的に浮かんでくるものがある。こんなことがなんと10年も続いている。初めて読んだのは「めるくまーる版」、何だかよく判らないところもあったけど、今度の「文庫版」では理解できた。私も原書で読んだことがあったけど、あまりに深遠でよく理解できなかった(松岡正剛もそう言っている)。この本は翻訳そのものも洗練されている。アメリカ人は、それなりの素地があったから読めたという人がいるが、私がアメリカで暮らしていた頃は、みんな(理解度に関しては)私と変わらないと思った。世界には様々な人間が生きている。オートバイだろうが、哲学だろうが、磁場は同じだと思っているのがいまの私だ。ただ、私も失った記憶を取り戻したいし、息子(女房でもいい)とオートバイで世界中とは言わないけれど、旅をして抜け落ちた記憶を取り戻してみたい。それにしても、このレビューに落書きとしか言いようのない駄文(すでに消滅)が何度も掲載されたことは残念なことだ。糸井重里が『日本人の思い』のインタビュー記事で語っていたことだが、「自分と違う」からといって怒らないでほしいものだ。
パイドロスの言葉『禅とオートバイ修理技術』(めるくまーる版)を古本屋で偶然見つけて購入、文庫版と読み比べてみました。一番目立ったのは、パイドロスの言葉がゴシック体になっていたこと、本ってちょっとした工夫で印象が変わってしまうのですね。あらためて感動しました。
文学か、哲学か、宗教か、分類不能。人文科学の精神世界を縦横無尽に疾走させてくれる不朽の名作。
大学教師時代、深い思索の袋小路で発狂し、電気療法により記憶を失った「私」は、心を閉ざす息子のクリスと、オートバイで旅に出る。旅の途中、古代ギリシャのソフィスト、「パイドロス」に過去の自分をなぞらえた「私」は、失われた記憶を呼びおこすうち、パイドロスにはたどり着けなかった新たな地平を発見していく。
パイドロスは西洋的合理性を重んじる孤高の哲人。だが今の「私」にはオートバイがある。その啓示により、物心、主客の一如を会得して、パイドロスに見えなかったものが見えるようになったのか。表題に反してそれほど出てこないが、禅と銘打たれている理由だろう。この本は、とらわれなくものを見る「観自在」への扉を開いてくれる。深く広い世界につながる本はみなそうだが、すべてわからなくてもよいと思う。また本来禅とは、「不立文字」といって、言葉であらわすものでなく、してもしかたないものだ。理解するものではなく、感じるもの、修行を重ねてわかっていくもの。だからオートバイに乗りこんでいる人なら、形而上学など理解しなくても、この本の世界がわかるだろう。逆に、精神世界を探求する人が読めば、オートバイの哲学的魅力が気になって、乗ってみたくなるのでは。
軽く読める陽性の本ではないが、ラストは明るく感動的。アメリカの本のよいところだ。邦訳版では序文で明らかになっている悲劇とコントラストを描くだけに、それがより際だつだろう。
原書の英文はもちろん、邦訳も見事。簡明だが奥深く、安易な翻訳をこばむタフな原文に立ちむかった翻訳者の奮闘がなければ、著者が身を削ったこの至高の一作、味わえる読者は限られた。敬意を表したい。“LILA”という名の続編が出ている。残念ながら、これは邦訳されていないようだ。
絶版後、うれしいことにこの文庫版が出た。ショベルヘッドをあしらったジャケット・デザインが美しい。トライアンフにしたほうが忠実だったとも思うが、どうだろう。